作詞のネタ帳

日常や社会の出来事に対して自分の心に引っかかったことを元に作詞していますが、この心の動きを公開し、また作詞のアイデアとして使う目的で始めました。書いてる歌詞の意味がバレルかも(笑)

フィクサーのつぶやき

みなさんは陰謀説お好きですか?
テレビならやりすぎコージー都市伝説、ラジオならインターエフエムのデイブフロムショーとか(名古屋では聴けなくなっちゃったけど…何かの隠謀?笑)。
嘘くさいと思いつつ、話し手のうまさもあって、単純な僕はいつも引き込まれてしまう。なんか刑事コロンボや、古畑任三郎のストーリーと同じで、先にフィクサーの存在を明かして、そのフィクサーがどのように関わっているか根拠を述べていくスタイル。面白く感じる要素満載なんです。

なんで今回こんな話してるかというと、この前温泉浸かってたら、見知らぬおじいさんが、話し相手とこの頃の不穏な世界情勢の話をしているのを見かけて。その時フィクサーという言葉が出てきたんです。どうもフィクサーベースで話をしていて、相手に「こんなこと知らないでしょ?、テレビでも絶対報道されないから」なんて具合で。話し相手の人はそのうち困惑してその場を去って行きます。するとそのおじいさんは僕の方に近づいてきて話の続きをし始めたんです。そうこのおじいさんは近くの人に自分の持論を一方的に話してただけなんです。突然とばっちりを食った僕は、黙って頷くしかできず、おじいさんが去るのを待ちました…

陰謀説は聞いてて面白い部分はあるけど、反面一方的に押し付けられると、これほど困る話題もないですね。一方的な話自体がそもそもですが。

陰謀説が好きな人は空想とかドラマとか架空のお話しが好きなのかな?決して現実主義者の人が陰謀論を支持してるとは思えないので。本や映画のように娯楽の要素で楽しむ程度ならいいけど、この世の中のわからないことに対して、何か巨大な力を持つもののせいにして、妄信的に納得してしまうのはちょっと行きすぎかなぁと。神についても似たようなことあるし。

謎解きは確かに楽しいけど、答えを決めつけて方程式を解くのは、今の世の中の風潮見てても被害妄想を助長するようで、気を付けたいなぁ。今も昔もフィクサーみたいに所在が明らかでないものだけでなく、姿がハッキリしているものに対しての偏見も多いし。多分自分の中の正しさから答えを決めつけてしまうんだろう。しかし正しさにも多様性がある故、衝突する事も出てくる。正しさを押しつける世の中にはならないことを願います。