作詞のネタ帳

日常や社会の出来事に対して自分の心に引っかかったことを元に作詞していますが、この心の動きを公開し、また作詞のアイデアとして使う目的で始めました。書いてる歌詞の意味がバレルかも(笑)

踊るマハラジャ その8

Here Comes the Sun…ドゥンドゥドゥン

 

  早朝まだ日の昇らない時間に、ガンジス川に向かう。今回の旅のメインであるガンジス川クルーズ。早朝の街はさすがに静かだ。道に落ちているウンコに気をつけながら、昨日と同じ道を進み、川のほとりに着く。添乗員が言うには、川に泊まってる船の船頭にお金を払って川を周遊するとのこと。クルーズといってもただのボート。
  ボートにはこれまで1人も見かけなかった日本人の姿もちらほら。こういうとき日本人同士なんかよそよそしい雰囲気になるのはなんでだろう。自分もそういう雰囲気出してて悪いんだけどね…

  ボートが動き始めると、日が昇り始める。朝焼けにガンジス川は色づく。幻想的だ。川は特に臭いわけでもなく、不謹慎にも心のどこかで期待している死体が流れてくるということもない。というのも今の時期は雨季で、川は比較的キレイらしい。川岸で煙が上がっているのが見える。火葬をしていると教えてもらう。ここでふと我に帰る。葬式の行われている川岸からは割と離れている川に浮かぶボートからとは言え、その儀式を観光しているとは。不謹慎なことだよなと。よくよく見てみればボートにはインド人は乗ってない、観光客だけ。この状況をインド人はどう思っているのか。快く思ってないのか、そうでもないのか。インド人の添乗員は近くだとさすがに怒られるけど遠くからならいいよなんて言ってた。しかしその国の土着の文化に触れる場所で観光気分というのは良くないなと考えさせられた。聖地ってそういうところだけに。

  船は川を進んで行く。正直川上に向かってるのか川下に向かってるのかすらわからない。だって向こう岸さえ見えないくらい大きな川だから。川の中で沐浴してる人を見つける。どっぷり浸かっている。頭まで浸かったあと、更に顔をバシャバシャと洗ってる。日本人があれをやると確実にやられるw さすがに顔はつけちゃマズイ。とりあえず川に触れるなら手だけにした方が無難そうかななんて思う。
  川岸にはずらっと建物が並ぶように建っている。そこに日本語が目に飛び込んでくる。「久美子の家」。どうも宿泊施設らしい。日本人たくましいw

  クルーズが終了し、川に手で触れることにした。ファーストタッチ。手に傷がないか確認。傷があるとそこからばい菌でやられる。手の先を川の水につけ、その濡れた手を頬に撫で付けるつける。これで俺も何かが変わる!なんて思いながら。どんな汚いものだろうと、気持ち次第でありがたく感じるもんです、単純なんで…しかしなんか中途半端感が残る。もうちょい攻めるべきではなかったか。

  朝食をとってなかったので、近くのチャイ屋に寄ってもらう。本場のチャイ。沸騰した牛乳に直接茶葉を入れぐつぐつと煮込む。そしてそれを濾してできあがり。もちろんうまい。味も濃い。しかしインド人はよく牛乳を飲む。しかもホット。ホテルで飲んだコーヒーも同じ作りだったと思う。あくまで牛乳ベースでコーヒーをぐつぐつと煮る感じ。だってコーヒーの表面が膜張ってたからw

  この後はホテルに戻り朝食を食べた後、別のガイドが行きたいところへどこにでも連れてってくれるとのこと。まだ歩いてないのでガンジス川沿いを散策しながら買い物すると決めた。またもう一度川に触れてみたい思いもあり…