作詞のネタ帳

日常や社会の出来事に対して自分の心に引っかかったことを元に作詞していますが、この心の動きを公開し、また作詞のアイデアとして使う目的で始めました。書いてる歌詞の意味がバレルかも(笑)

踊るマハラジャ その11

縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます
中島みゆき 「糸」より)

 

  タージマハルがある地アグラに着いた。インドで一番有名な建物であるタージマハル。ここでもガイドを添乗員にお願いすることにした。彼が言うには朝と夕方のタージマハルが色彩があってきれいらしい。なのでタージマハルの見学については今日のところは夕方にタージマハルが展望できるスポットで写真撮影だけとして、翌日実際に見学するのがいいと勧めてくるのでそれに従った。一先ずホテルにチェックインして少し休憩後、アグラのもう一つの名所アーグラ城塞、そしてタージマハルの原型とされる通称ベイビータージマハルと呼ばれるイティマード・ウッダウラ廟、そして日の入りの時間にタージマハルが眺めれる場所に行く。ホテルに着いてこの日一番のうれしい出来事が。なんとシャワーからお湯が出る。さすが観光地のホテルは違うw
  アーグラ城塞ムガール帝国時代にアクバルと言う皇帝が建てた城塞で、インド人に人気らしい(さっき調べ)。どの国も天下を取った人が好きなのは変わらない。イスラム様式の建物で、壁などの装飾は目を見張るものがある。やっぱりお金のかかったものはいいw 城塞の上の回廊からはタージマハルが見える。明日あそこに行くんだと思うとテンションが上がる。絵になるシルエット。奇抜なデザインなのに美しい稀有な存在。今いる城塞もいい建物だが、どうしても戦いという機能性が必要となるのか、宗教的な建物の美しさには敵わない。
  建物内の開放的な講堂みたいなところでマッタリ休憩してると、小さな男の子が寄ってきた。どうも僕と写真を一緒に撮りたいみたい。やっぱりこういう国民性なんだなとちょっと照れつつ、一緒に写真に入った。こういうほっこりする経験はどこの国でもする。どこの国も一般人は人がいい。しかしどうしたもんか世界のニュースではいがみ合いばかり。一部の悪い人間によってこういうことが引き起こされてるんだろうなと改めて感じる。一般人はそれにただただ巻き込まれてしまうという。こういうことが少しずつでも改善されて行く世の中は来るんだろうか。

  その後ベイビータージマハルを見学に行き、この日最後の予定であるタージマハル絶景ポイントに向かう。その道中道を歩いてると獣臭がする。振り向くとラクダが。初めて見るがデカイ。観光用なのだろう。金払えば乗れそうだが、臭いのでいい。ガイドが絶景ポイントに着いたという。と言ってもここはタージマハルのでっかい敷地を囲んでる柵の外。ここならタダ。タージマハルをバックに写真撮るには、いい距離感の穴場なので、ガイドは勧めたんだろうが微妙。そして日没にはまだ早く、全然夕焼けに染まった感じにもなってない…これまた微妙だなと思いつつ、待つのも面倒だったので、写真を撮ってもらいその場を後にした。

  ホテルに戻る途中、ガイドに缶ビールを買いたいとお願いすると、任せとけと言う。インドでは一般的には飲酒をしないせいか、どこで酒を売ってるの検討がつかない。店に寄ってもらい、軽いスナック菓子(カレー味)と共にビールをゲットするが、なんか闇取引してる感覚を覚えた。そしてホテルに戻って1人晩酌。なんか妙に酔っ払った。

  翌朝満を持して、タージマハルに向かう。タージマハルの敷地はかなり広い。敷地内に入ってもタージマハルがどこにあるかわからないくらい。なので人の進む方向について行く。とても日本人的に。
入り口を抜けると真正面にそびえ立つあのシルエット。とにかく真っ白けっけの世界。さすがに圧倒される。これは写真を撮ってもらいたいなと、目ぼしい人はいないかキョロキョロする。するとある白人から写真を撮ろうかと声をかけられる。でも直感的に断った方がいいと頭をよぎる。しかし旅の疲れからか判断が遅れる。そして向こうは百戦錬磨の強者なんだろう。流れるかのように僕からカメラを取り上げ、タージマハルのてっぺんをつまむようなポーズを僕にさせ、いくつかのバリエーションを撮ったところで、撮影終了。そして代金請求である。こんな感じで過去騙されたことがあっただけに防げたはずなのに、ムカつく!

  タージマハルの中に入る入り口はさすがに列ができている。そこでビニールを二つ渡される。そのビニールの口はゴムで閉まるようになってる。イスラムの施設は土足厳禁なので、靴の上からそれをつけろと。すごい違和感w  中はそれほど広くなく、暗いので外の煌びやかさに比べれば落ち着いた印象。でもよく見ると金はかかってる。中よりもメインの建屋の周りを歩いてる方が気持ちいい。猿もいてのんびりしてる。日光と違って観光客を襲う感じもないし。ムガル帝国の皇帝が若くして亡くなった愛する妻のために建てた霊廟。黒いバージョンの自分の霊廟も作ろうとしてたらしいが、さすがに金がかかるが故頓挫したとか。愛する人への想いが形として実現したものの中で、最も豪華なものの一つなんだろう。

  こうしてインド観光の全行程を終える。そして最後に待っていたのは、空港のあるデリーまでの移動。車での移動で5時間越えの超ロングドライブ。寡黙な運転手と会話のないまま、車内に流れるインド音楽と共に。途中田舎道でなにもないところを走ったり、迷ったそぶりを見せたり。不安になりながらも無事空港に着き、日本への帰路についた。

 

  あれから2年経つ。旅を終えた直後はあまりにもカオスで、人だらけで、物乞いは多く、食い物はカレーのみで、移動の辛さでと疲れてしまって、もうインドはいいかなぁなんて思っていた。しかし日が経つにつれ、またフツフツとあのカオスを懐かしく思う気持ちが湧いてくる。それは自分が天邪鬼だからかも知れない。でも他の国とは違う、独自の文化と神秘さに何か惹かれてしまう。またインドは平和を愛する国だと勝手に思い込んでいたが、実は争い事、特に宗教の違いによるものが多いことも目の当たりにしていた。空港、地下鉄、遺跡や博物館など、厳重な荷物検査とボディチェックがあり、過去に何かしらあったんだろうなぁとは感じた。実際に行って見ないとわからないことであった。
  ある日本の女性でインドでヨガを勉強した経験がある人が教えてくれたんだけど、鏡の法則と言われるものの考え方があって、この世界は自分自身を映す鏡のようなものだと言う。そしてインドは特にこの傾向が顕著だと。心の状態が悪いとインドでは酷い目に遭うらしい。僕も人はどこか根っこの部分で繋がっていて、良くも悪くも想いは伝わると思ってる。インドでは良いことも悪いこともあったけど、今思えばその時の僕の心の状態とリンクしていたのかな。なんか無い物ねだりかも知れないけど、人間臭さが色濃く残り、他を寄せ付けない固有の文化、人のエネルギーとなんか伝わってくる気怠さ、そして神様がいっぱいいる国。その奥深さに駆られて、またいつか行くんだろうなぁ、懲りずにw

踊るマハラジャ その10

きっと君は来ない…

 

  次の目的地タージマハルのあるアグラへの列車の出発は22時。観光を終えホテルのロビーで夜まで何をしようかと思案している今の時間は14時。ホテルの付近に観光名所はない。もとよりインド観光による疲労もピークに達していて、どこかに行きたいという気力もない。ホテルのロビーで時間を潰すことにした。それにしても長い時間。

フロントの若いお兄ちゃんが暇そうにしてる。時間帯的にもそうなんだろう。たわいもない会話をする。
「どれくらいここで働いてるの?」
「キョネンマデ ガクセイシテテ ココデハタラキハジメタノハ サイキンダヨ」
「へぇー、今いくつなの?」
「ジュウキュウ」
若い。見たからに若いとは感じてたが。年の割にしっかりと正装してキリッとしてる子。
「ニホンジンナンデショ?ボクノ ダイスキナ ドウガガアッテ、ニホンノ チイサナオンナノコガ オドッテルンダケド コレガカワイクテ オモシロインダ」
なんか自分の精神年齢に近い会話でホッとする。インドに来てからこういう会話に完全に飢えてた。
「知らない、どんなやつ?見せてよ」
お兄ちゃんが自分のスマホを出し、その動画を探している。ちなみにこのインド旅行は2年前の話だが、その時でもインドの若い子は普通にスマホ持ってた。さすがIT大国。
「コレコレ、ドウ?」
エッ…これ中国人だろ。小さな中国の女の子がキレッキレの踊りをしてる。
「この子中国人だよ」
「ソウナノォー」

「いつもはどんな音楽聴いてるの?」
「(ナントカ)ダヨ」
「(ナントカ)って誰?」
「エッ (ナントカ)シラナイノ?」
知るはずがない。そのミュージシャンの名前はさすがに忘れたが、話を聞いてるとインドで一番人気があるらしく、インド音楽ベースでダンス調の音楽とのこと。インド版エグザイル?w
「外国の音楽は聴かないの?」
「キカナイ、アナタハ ナニキクノ?」
洋楽聴かないなら、何知ってるんだろうか。
ビートルズ好きなんだけど、知ってる?」
「シラナイ」
若いししょうがないか。でもビートルズだぞ。しかもインドとも所縁もあるのに。
「インドの音楽しか聴かないんだね。」
「ソウダヨ インドノ オンガクハ サイコーダヨ」
この旅でインドの人は音楽と踊りが好きなことはすごく感じていた。そして何より自分たちの文化が大好きなことも。このお兄ちゃんからもインド愛をいっぱい感じた。

 

  しばらくしてフロントのお兄ちゃんは別の仕事でいなくなり、ひとりぼっち。暇なのでイヤホンしてスマホで動画を見てた。レニークラヴィッツのライブ。しばらくすると自分の背後に何か気配を感じる。後ろを振り向くとインド人のおっさんが3人、僕のスマホを覗き込んでる。ホテルの修繕をしてた人たちだ。知ってるの?と聞くと、知らないと言う。でも関心があるようだ。スマホからイヤホンを外し、スピーカーから音を出してあげる。彼らは体でリズム取りながら聴いてる。いいねぇなんて言いながら。音楽に国境はないなぁ。ただ彼らがずっと聴き入ってたのでそれに付き合ってたら体の姿勢的に少々疲れた…

  こんな感じで時間を潰しながら、やっと18時になった。ホテルのレストランが開く。メシでも食って時間を潰そうと中に入る。誰も客はいない。メニューを見ていると、インド料理が並ぶ。カレーしかないよなとページをめくるとチャイニーズという言葉に目がいく。マジー!疲れてたのと、この旅でカレーしか食べてなかったこともあり、インド旅行をしてるんだぞというポリシーも関係なく注文。しかしインドではほとんど外国料理屋を見かけなかった。都会ならマックもあるが(それでもカレーが絡む)、あの世界のどこででもよく見かける中華料理屋ですら、数が少ない。インド人は本当にカレー好き。中華食べて少し元気が出た。

 

  20時ごろ添乗員が迎えに来る。まだ出発には少し早いけど、夕食おごるから一緒に行かないかと誘いを受ける。メシ食ったばかりだと伝えたけど、まぁせっかくなんで少しだけならとOKした。添乗員、運転手、その連れの3人。みんな若い。そして彼らの行きつけの店に着く。もちろんカレー屋さんw

彼らは適当に注文し、その料理を少しもらうことにした。できる添乗員は僕のためにペットボトルの水を注文してくれた。店から出された水はやっぱり外国人は飲まない方がいいと。でも私、それまで結構店の水飲んでまして…

  インドのカレーは大まかに分けて、野菜カレーと肉カレーがある。宗教上の理由からだ。彼らは野菜カレーを食べてた。そして驚くことにスプーンを使ってカレーを食べてる。
「あれっ、スプーンで食べるの?」
「ウン、デモ オヤノマエデハ テデタベルケドネ ウルサインダヨ」
今時の若いモンってやつ。時代は変わる。日本人も随分変わってるし、面倒くさくない方向になるよね。
「メシはカレーしか食べないの?」
「ソウダヨ」
「中華とかは?」
「ハラガモタナイカラ スキジャナイ」
それにしても彼らは若いだけあってよく食べる。

 

  メシを食い終わり駅へと向かおうとすると、添乗員は今から別の仕事でデリーに向かうので、駅までは残りの2人が連れて行くと言う。だから1人増員してたんだ。しっかりしてるし、ちゃっかりもしてる。礼を言って添乗員と別れ、駅に向けて出発する。
車中の会話で彼らが学生であること、そして将来について迷っているものの、希望のある会話をしながら駅に着く。
列車の状況を見に行ってくれ、予想通り遅れていていつ出発なのかまだわからないとのこと。やっぱりかと思いつつ、車の中で待つこととなった。が、彼らはなぜか車のエンジンを切ってしまう。冷房の切られた車内は走行中と打って変わって猛烈に暑い。窓を開けたが大して変わらない。駐車場の他の車を見ても誰もエンジンをかけてない。これは駐車場ではエンジンをかけたまま待つのは禁止なのか?それともただ単にガソリンがもったいないからなのか。未だに謎…
  2時間くらい経ったろうか。彼らもウトウトしてる。コントじゃないんだからしっかり起きてろよ。これは情報仕入れとかないと列車に乗れないと思い、駅に確認をしにいくが、時刻表見てもさっぱり状況がわからない。あきらめて車内に戻った。そして彼らが完全に寝ないように物音をたてたり、車のドアを開け閉めしたりして対策をとった。
しばらくして寝てた彼が列車を確認をしに行く。やっと出発できると教えてくれる。
こうして待ちっぱなしの一日がやっと終わった。本当に疲れた…

踊るマハラジャ その9

エンダァ〜イア〜 I will always love you〜ウーゥウウゥ〜…
(by ホイットニーヒューストン)

 

  ボディーガード。まさにそんな風体の男。今からガンジス川の地ヴァラナシの街を僕の行きたいところに連れて行ってくれるガイドだ。中年で中肉中背、しかし格闘技ができそうな体格、例えるなら映画「踊るマハラジャ」の主人公のよう。でもその主人公とは違い全く愛嬌がなく、質実剛健といった感じ。デリーでお願いした優しいガイドとは真逆な雰囲気。そしてその第一印象は実際裏切られることはなかった…

  このガイドは基本オートリクシャーの運転手。オートリクシャーとは自転車タクシーのオートバイ版だ。このガイドの運転するオートリクシャーに乗り再度ガンジス川に向かう。この旅でもう3回目。しかし前の2回は川の付近を見ただけなので、今回は街の様子や人となりを体験するいいチャンス。

  このガイドのおっさん、バイクに乗ると豹変する。こっちは急いでもないのにやたら飛ばすは、他の遅いドライバーにガンつけるは。まさにこち亀で出てくる本田さんのよう。こっちはリクシャーから振り落とされないように必至にシートしがみつく。インドの道路は渋滞が多く、排ガスと土埃で息苦しい。で、このガイドがこの渋滞をそのまま大人しく待つわけがなく、ちょっと他のリクシャーが車間を開けると、その隙間に食い込んで行く。車幅感覚も神業。すごい集中力とテクニック。それで他の運転手から文句言われても現地語で「テメェ、なんか文句あんのか、おら!」みたいなことを言ってる。なんとなくだけど… とにかく目が怖い。相手も怯んでるし。そして裏道を見つけては入り込んで行く。「ここ通っちゃう?」というところも関係なく。プロだ。客の行きたいところに一分一秒でも早く着く。また道具というものは極限までその性能を引き出して使いこなしてあげることが肝要。このガイドはこのバイクの性能を100%以上引き出してた。道具をコレクションのようにいたわって扱うのは愚の骨頂だよな、なんて事をこのガイドから学んだ気がする。楽器をやってる人間からしたら、まだまだ自分は使いこなしてないなぁと。

  ガンジス川に到着する。今回は車ではなくバイクなので川沿いの細い路地をガンガン入り込んで行く。ある建物の入り口付近でリクシャーが止まる。こっちだと言うのでガイドについて、その建物の中を通っている通路を進む。その先にガンジス川が見えた。外に出るとバルコニーみたいな広場になっており、川に降りる階段が続いている。
「サァ、タノシンデコイ」
下まで行ってとりあえず川を眺める。そこには人がちらほらといて全身沐浴してる人も目の前にいる。
「どうしよう、やっぱり浸かるのはいいかなぁ」
なんて思っていると
「オマエハ、ナカニハイラナイノカ」
なんて聞いてくる。
「ニモツモッテテヤルカラ、イッテコイヨ」
ガイドが背中を押す。
「うっ、足だけでも浸かろうかな。足からバイ菌はいらないかなぁ?でもまぁせっかくだし」
僕はせっかくと言う言葉に弱い。覚悟を決め荷物をガイドに預け靴下脱いでいざ着水。いたって普通、ただ生ぬるいだけ。そんな感想。自分もぬるいなぁと思いつつ。
「ドウダッタ?」
「よかったよ」
それ以上の言葉は出てこなかった。しかし自分は川に何を期待してたんだか…

  ここで初めてガイドと会話をする。大体中年のインド人と会話すると、最初に家庭を持ってるかと聞かれる。その時も最初の彼からの質問はそれだった。いや結婚はまだしてないと答えると、なんでだよ、早く家庭を持たないとダメだよと説教される。家族はすごくいいもんだと、家族を養うために俺は一生懸命やってると。見てみろと、財布の中から今までガイドした日本人の名刺を見せてくれる。どれも一流の会社ばかり。俺はいろんな人を乗せてガイドしてるんだと、誇らしげに語っていた。なんかガイドのいい人柄がよく伝わってくる会話だった。

 

「ツギハドウスル? カイモノカ?」
後からいつもそう思うんだが、買い物に連れてってもらうと、買わざるおえない状況になる。今回も結局自分がそれを見たいと言ったとはいえ、連れて行ってもらったところそれぞれで買う羽目になった。店から何かしらあるんだろう、ガイドもテンション高かったし。特にすごかったのがシルク屋。店に着いた途端従業員が工場見学に連れていくからと、バイクの後ろに乗れと言う。このバイク日本でよくバイカーが前かがみで乗ってる、女の子が後ろに乗るなら運転手に抱きつくタイプのやつ。えっこんなのに乗るの?しかもノーヘル。僕は運転手にしっかりと抱きついて出発した。バイクは颯爽と路地の細い道を進む。正直怖い。民家が立ち並ぶ一角の小さな工場で止まる。中についてこいと言うので入る。中では作業員が仕事をしてる。特に僕が入ってきても気にしてない様子、まぁいつものことという感じか。工場の二階に上がり、シルクの染付作業を見せてくれた。ちょっと演技ぽさを感じた。

  バイクのお兄さんと店に戻り、店主が商品を見てくれと、店に入れられる。店にはおびただしい数のシルク商品が並ぶ。店主が入り口のドアを閉める。完全な密閉空間となり、店主と僕の2人きりだ。店主は商品をいろいろ勧めてくるが、どれもとにかく高い。デリーで買ったらもっと高いぞと言うのが、売り文句。僕が渋ってるとどれを買うんだという雰囲気を出してくる。確かにシルクが見たいとは言ったけど、買うつもりはなかった。好奇心だけ。でも何か買わないとこの密閉空間から出してくれそうにない。結局欲しくもないシルクのスカーフを買った。僕のママンへのお土産として…

  こうして買い物も済ませたのでホテルに戻ることにした。ガイドはもう行きたいところはないのか?なんて聞いてくるが、他に買い物行ってもパターン的にお金使わされそうなのでやめた。別にこのガイドが悪いわけでない。彼は自分の仕事をしてるだけだ。

  ホテルへの帰り道、道を歩いてた子供が何やら運転しているガイドに話しかける。すると子供はリクシャーの運転席に飛び乗ってきて、ガイドの横にちょこんと座る。そして数百メートル進んで子供は降りて行った。なんか外国らしい微笑ましい光景。

  この日の予定としては、夜にタージマハルがある地への電車移動となる。しかしここでの現地観光の時間を早く切り上げてしまったので、ホテルに着いたはいいがまだ昼を過ぎたぐらいの時間。これから夜までどう時間を潰そうかとかと…

踊るマハラジャ その8

Here Comes the Sun…ドゥンドゥドゥン

 

  早朝まだ日の昇らない時間に、ガンジス川に向かう。今回の旅のメインであるガンジス川クルーズ。早朝の街はさすがに静かだ。道に落ちているウンコに気をつけながら、昨日と同じ道を進み、川のほとりに着く。添乗員が言うには、川に泊まってる船の船頭にお金を払って川を周遊するとのこと。クルーズといってもただのボート。
  ボートにはこれまで1人も見かけなかった日本人の姿もちらほら。こういうとき日本人同士なんかよそよそしい雰囲気になるのはなんでだろう。自分もそういう雰囲気出してて悪いんだけどね…

  ボートが動き始めると、日が昇り始める。朝焼けにガンジス川は色づく。幻想的だ。川は特に臭いわけでもなく、不謹慎にも心のどこかで期待している死体が流れてくるということもない。というのも今の時期は雨季で、川は比較的キレイらしい。川岸で煙が上がっているのが見える。火葬をしていると教えてもらう。ここでふと我に帰る。葬式の行われている川岸からは割と離れている川に浮かぶボートからとは言え、その儀式を観光しているとは。不謹慎なことだよなと。よくよく見てみればボートにはインド人は乗ってない、観光客だけ。この状況をインド人はどう思っているのか。快く思ってないのか、そうでもないのか。インド人の添乗員は近くだとさすがに怒られるけど遠くからならいいよなんて言ってた。しかしその国の土着の文化に触れる場所で観光気分というのは良くないなと考えさせられた。聖地ってそういうところだけに。

  船は川を進んで行く。正直川上に向かってるのか川下に向かってるのかすらわからない。だって向こう岸さえ見えないくらい大きな川だから。川の中で沐浴してる人を見つける。どっぷり浸かっている。頭まで浸かったあと、更に顔をバシャバシャと洗ってる。日本人があれをやると確実にやられるw さすがに顔はつけちゃマズイ。とりあえず川に触れるなら手だけにした方が無難そうかななんて思う。
  川岸にはずらっと建物が並ぶように建っている。そこに日本語が目に飛び込んでくる。「久美子の家」。どうも宿泊施設らしい。日本人たくましいw

  クルーズが終了し、川に手で触れることにした。ファーストタッチ。手に傷がないか確認。傷があるとそこからばい菌でやられる。手の先を川の水につけ、その濡れた手を頬に撫で付けるつける。これで俺も何かが変わる!なんて思いながら。どんな汚いものだろうと、気持ち次第でありがたく感じるもんです、単純なんで…しかしなんか中途半端感が残る。もうちょい攻めるべきではなかったか。

  朝食をとってなかったので、近くのチャイ屋に寄ってもらう。本場のチャイ。沸騰した牛乳に直接茶葉を入れぐつぐつと煮込む。そしてそれを濾してできあがり。もちろんうまい。味も濃い。しかしインド人はよく牛乳を飲む。しかもホット。ホテルで飲んだコーヒーも同じ作りだったと思う。あくまで牛乳ベースでコーヒーをぐつぐつと煮る感じ。だってコーヒーの表面が膜張ってたからw

  この後はホテルに戻り朝食を食べた後、別のガイドが行きたいところへどこにでも連れてってくれるとのこと。まだ歩いてないのでガンジス川沿いを散策しながら買い物すると決めた。またもう一度川に触れてみたい思いもあり…

踊るマハラジャ その7

川の流れのように
人はガンジス川に何を求めに行くんだろう

 

  ガンジス川のある地、ヴァラナシには昼前に着いた。遅れることで悪名高いインドの列車の割にはそれほどでもなかった。
この地で世話になる添乗員は若く二十歳そこそこといったところ。どうやらホテルに向かう前に昼食を取るスケジュールらしい。まぁ店屋と何か提携してるんだろうなぁと思いつつ食事の気分の向かないまま店に向かう。当然カレー屋さんw 店に入ってが客は誰もいない。いくら一人旅とはいえ、誰もいない店だとさすがに滅入る。なんか騙されるんじゃないかとね…

  昼食を済ませホテルへ向かう。その道中車内では恒例のガイドの売り込みが始まる。でも今回は素直にお願いすることにした。デリーでの経験を踏まえて。インドではガイドなしではきついんです。
ガイドの内容としては、今日の夕方からガンジス川に行き、お祈りの儀式を見る。翌日は早朝にガンジス川クルージング。昼から市街地観光となる。
  添乗員は昔日本の有名人をガイドしたことがあるんだと自慢し始めた。でもはっきり名前を覚えてないらしい。ミュージシャンで坊主頭で実家がお寺でなど特徴が出てきた。ファンモンの人?と聞いたら、そうらしかった。みなさん導かれてるw

  ホテルに着いた。夕方のガンジス川観光まで時間がある。列車移動で寝不足だったのでシャワー浴びて少し寝ることにした。しかしインドのホテルのシャワーはどこもほぼお湯が出ない。お湯の蛇口をひねってるのに、いつまで待ってもお湯は出てこない。暑い国には不要か…すでにお風呂が恋しい。

  夕方になり添乗員と共に、ガンジス川観光に行く。地方都市とは言えそこは聖地、道沿いには多くの店が軒を連ね多くの人が歩いている。まるで縁日のお祭りのようだと言いたいところだけど、基本インドの街はどこでもお祭りのような雰囲気なんで、ある意味変わらない風景。デリーでは見かけなかった牛が普通に道路を闊歩してる。車を降り、添乗員に導かれガンジス川に続く道を進む。

「キヲツケテネ、ソコ!」

ソコ…にあるのはウンコ!!巨大な牛のウンコ。踏んだらそいつに靴全体が包まれるほどの。
  余談だが今回の若い添乗員さん。かなりできる男である。ガイドの仕方、担当外の観光客や同業者への接し方、全てがスマートである。さっきみたいに道にウンコが落ちてればすぐさま教えてくれるし(ヴァラナシの道は牛に限らずいろんなウンコが至る所に落ちてる)。 どこの国にもこういうできるやつはいる。どうもこのお兄ちゃんガイドで知り合った日本人の女の子と付き合ってるそうで、近い将来その子と結婚して日本に行くそうだ。関西の子らしいけど、もう来てるのかねぇ。


  ガンジス川、現地名ガンガー。近づくにつれ気分が高揚する。自分の中でいろんな思いが湧き上がり交錯している。行くと人生観が変わる、仙人みたいな修行者、人や動物の死体が流れてくる、生と死が交錯する神聖な場所…
  川のほとりに着くと、インド音楽が大音量で流れている。添乗員によると川に面している建物の最上階のテラスで、祈りの儀式を毎日やっており、その儀式をガンジス川の岸に停められている船の上から観るというのが、今回の夜のガンジス川観光の趣旨。
  普通宗教の儀式というと厳かなものなので、見てて決して面白いものではないが、このインドの儀式は見ててなんか楽しい。儀式の最中ずっと大音量でインド音楽が流れ、まるでフェスのよう。儀式を行なっている司祭もそれぞれダンスと言ったら怒られそうだが、踊りつつパフォーマンスをしている。ヒンズー教について何も知らない自分にとっては、この儀式は神様を崇めているというよりも、なんかもてなしているように感じる。暖かい国は儀式も陽気だ。
  個人的な想いだけど、葬式は明るい方がいいと思ってる。しんみりするより、故人の生前の思い出を楽しく語りながら、メシを食べたり酒を飲んだり。儀式ばって一方的なものよりは。死にもいろいろあるので一概には言えないけど、本人が望んでるんであればそれもありかと。

 

  自分がガンジス川に期待してたものは、夜ということもあり見ることはなかった。翌日はいよいよガンジス川のクルーズ。一体何を体験できるのか。そして川に浸かりたい衝動にちょっとだけ駆られてた…

踊るマハラジャ その6

I'm going off the rails on a crazy train.
(俺は狂った列車のレールから降りるつもりだ by オジー オズボーン)

降りられない…

  デリーからガンジス川への移動は寝台列車。ホテルから駅まで送ってくれるのは、初日にガイドを断った添乗員。
  「デリーカンコウハ デキタノカ?」
  「いやぁ、大変だった。あんたの言う通りだったよ」
  「ダカラ イッタデショ。ムリダッテ」
  半分正解で、半分不正解な気持ちだけど、まぁ駅まで送ってもらうんで。

  駅に着いて、ひとつ心配になる。夕方出発して朝に着く長時間移動なのにメシはどうなるか?添乗員に聞く。
  「シャナイハンバイ アルケド オマエハ ナニカ カットイタホウガ イイカモ」
  店に案内してもらいサンドイッチみたいな食べ物をゲットして、ホームに向かう。
  ホームにはまだ列車は来てなくて、それまで添乗員とたわいもない会話で時間を潰す。その間に何度も物乞いの人がやってくる。添乗員は自然な感じで小銭を渡す。
  列車がホームにやって来た。いよいよ初列車だとテンションが上がる。でも自分の目の前に停車した瞬間不安になる。
  「あれっ、窓ガラスがない…」
  目の前に止まっている電車の窓は、ガラスはなく窓枠に二本棒が横に付いてる、漢字の「目」のような吹きっさらしの列車だ。
  「えっ、これなの?」
  自分はツアーを頼むときに、エアコン付きの列車だと確認している。なんでガラスがないの?これがインドのエアコン?はぁ?
  「アレ、オカシイナ。チョトミテクル」
  そして添乗員が戻ってくる。
  「ワルイ、ムコウダ」
  ビビらせるんじゃない…この車両は一般席のようだ。

  ホームを歩いてようやく窓ガラス付きの車両にたどり着く。予約制の等級の高い車両は入り口に紙の乗客リストが貼ってある。添乗員はリストから僕の名前を見つけ、ここだと中まで案内してくれてる。そして席を確認するとお別れをした。いいヤツだったので、ガイド断ったのはちょっと悪かったなぁと思いつつ、チップは弾んでおいた。

  僕の席は日本で事前に確認していた通り、3人がけシートが向かい合ってる6人席だ。当然僕の他はインド人。車両全体で見ても日本人は僕だけ。とりあえず同じ席の人にあいさつする。出発してしばらくすると車内販売が始まる。インドの皆さんは一斉に買い始める。興味津々で彼らが何を買ったのかをガン見する。アルミホイルのフタがついた弁当らしきものを二つ持っている。彼らはそのフタを取る。カレーとゴハン。弁当だけど汁物w

  みんな食事を済ませて、僕以外は一家団欒といった雰囲気。しかしそんな団欒の時間をぶち壊すノイズが僕らを襲う。通路を挟んだ反対側の席の二階で寝てる小太りのおっさんのイビキ。これが尋常でない。クレイジーなほどイビキがデカく、しかも呼吸したりしなかったりのやばいやつで、しまいには寝ゲロまでしてて、見てるこっちが痛々しくなってくる。自分はこんなこともあろうかと耳栓を持ってきてたが、それもほとんど役に立たず。隣のインド人とも
  「何じゃありゃ」
って笑いあった。まさにインド人もびっくりってやつ。早く降りたいと願った…

  こんな一夜を過ごし、列車内で朝を迎える。駅を乗り過ごすのが怖いのか早く目覚めた。海外の列車は日本のとは違い、走ったり止まったりノロノロだが、インドも例外なくノロノロ走ってる。車窓から見える風景は、もう日本ではお目にかかれない昔の農村の風景。線路沿いに並ぶ壊れかけの家。庭に畑があり、牛、鶏、犬が放し飼いされてる。住人は井戸から水を汲んで顔を洗ってる。ノロノロ運転なので、そんな人たちと目が合う。のどかだ。時間がゆっくり流れてる。今の日本で生活している自分が、このような生活はできないだろう。便利で清潔な生活、別に便利な生活が人生を幸せにしてくれるわけではない。でもこういう生活を目にすると、ものに溢れているよりも、ものがない方が希望があるような感じもする。子供の頃は欲しいものだらけだったけどなんか希望があった。でも欲しかったものを手に入れると、もうその幸せは逃げていく。今となっちゃ欲しいものすらあまりない状況。幸せとは相対的なもの。

  いよいよガンジス川のある地ヴァラナシの駅に着く。ここで降りるのかどうか不安に思ってると、次の地の添乗員が列車に入ってきて降りろと言う。なかなか良くできてる。こうして今回の旅のメイン、ヴァラナシの地に降り立った。

 

踊るマハラジャ その5

  TRUTH IS GOD

 

  「ツギドコイク?
  「ガンジーの博物館見たい」
  「ワカッタヨ!」

 

  ガンジーインド独立の父、非暴力・不服従運動は世界のほとんどの人が知ってるだろう。世界大戦という食うか食われるかの時代に真逆の非暴力・不服従の考え方で国民をまとめ、独立を勝ち取った偉人に深い感銘を覚える人も多いだろう。自分も映画のガンジーを見て、見終わった後ガンジーモードになった一人w

  僕を乗せたリクシャーは博物館に到着する。ガンジー国立博物館だ。


「チュウシャジョウ二 リクシャーオイテクルカラ サキニナカデミテテ。タダデハイレルヨ」

 

  博物館の入り口には壁に「TRUTH IS GOD」と書かれている。なんか神妙な気持ちになる。
  とは言えまぁ博物館なので他所と同じように、ガンジーの生い立ちや生前に使用されていた日常品などが飾られてる。おっちゃんも中に入ってきて、一生懸命ガイドをしてくれる。中をひと通り見終わった後におっちゃんはここのメインイベントを紹介するかのごとく僕を外に誘導する。


  「ゴールドノガンジーダ」


  まっ金金ガンジーさんの銅像。さすがインド。金が好きw
  おっちゃんに像の前で記念撮影を再度連写してもらいw ここを離れる。

 

  次はその近くにある、ラージガートといわれるガンジーが荼毘に付された場所だ。側には川がありそこに遺灰が流されたとのこと。大きな記念公園といった感じ。ガンジーを偲ぶところだけあって、インド人が多く来ている。神聖な場所は土足禁止なので、ここも靴を脱いで、有料で靴を預ける…
  広場の真ん中にシンプルなお墓のようなモニュメントがあり、みんなが祈りを捧げている。自分もお祈りをし、記念撮影でもしようとしていると、近くのインド人にやたら声をかけられる。


  「イッショニ シャシンニ ハイッテヨ」


  なんか人気者である。自分を中心にインド人が収まり記念撮影が始まる。こんな経験日本ではないだけに、ちょっといい気になる。後から調べてみるとインド人あるあるのようで、記念撮影で外人と一緒に撮りたがるらしい。なんだぁw

 

  ここを見終えると、リクシャーのおっさんは自転車で回れる範囲で観光名所はもうないと言う。なのでメシを食って駅まで送ってもらうことにした。その道中も街についてガイドしてくれる。話によると街は宗教によって地区が別れていて、ヒンドゥー教イスラム教、シーク教それぞれ通る度に教えてくれる。やっぱりその宗教の地区に入るごとに雰囲気が違う。例えばシーク教のエリアに近づくと、日本人がインド人を想像するとき真っ先に頭に浮かぶあのターバン姿のヒゲモジャの人ばかり。そうターバン姿の人たちというのはシーク教徒で、インド人がみんなこの格好をしているのではない。

  宗教ごとに住むエリアが違うというのは日本人感覚からするとなかなか想像がつかない。長い歴史の中でこうなることがベストだったんだろうか。角を一つ曲がれば異文化というのはなかなか経験できないことだ。

 

  賑やかな通りを走る。車、リクシャー、人で大渋滞。砂埃もひどい。こんなんだから車とおっさんのリクシャーがぶつかる。おっさん激昂し何か言ってる。車の運転手とにらみ合いになる。でもそれで終わり。ぶつかってもめんどくさくない。潔いw

 

  こうしておっさんの馴染みのカレー屋で昼食を食べ、駅まで送ってもらう。お礼にチップをはずんだらおっさんは満面の笑みだった。こっちまで嬉しくなっちゃう。いやよくやってくれました。僕の片言の英語でも割と会話は続き、僕が飲み物を欲すれば細い路地の中、道幅ギリギリでUターンして飲み物屋まで戻ってくれる。感謝しかないなぁ。どうせ無愛想であまりサービスしてくれないだろうと想定してただけに余計。

 

  インドでは宗教や言葉や文化が違う人々がひとつの国に大勢住んでるということは頭では理解していた。しかし実際にこの目で見てみると、思ってた以上に人間濃度が濃いし、宗教色が強いし、テンションは高くないんだけどエネルギッシュだし、遠慮がちな典型的日本人としては躊躇しっぱなしだった。文化や信条も違うインドの人たちをガンジーさんはよくまとめたなぁと。ホントすごいです。インド人が今でも尊敬してる人。

 

  その後その足でニューデリーに行ったんだけど、都会だけにやたら悪そうな人に声をかけられる。仕方なく入った観光案内みたいなところでは、軟禁されそうになるし散々。いいことも悪いことも含めて旅はこんなもんか。

 

  翌日はいよいよガンジス川、向こうでの呼称ガンガーに向かう。そしてこの旅で一番心配している寝台電車での移動。これもやっぱり大変でして…