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作詞のネタ帳

日常や社会の出来事に対して自分の心に引っかかったことを元に作詞していますが、この心の動きを公開し、また作詞のアイデアとして使う目的で始めました。書いてる歌詞の意味がバレルかも(笑)

風に吹かれて

まさか先週の続きを書くことになるとは夢にも思わなかった。
職場の隣の席に、整髪料の匂いのキツイ子が来て、その対策でPAC3(小型扇風機で匂いを追い払う)を導入したという話を書いた。

今週も攻撃が止む気配がなかったので、PAC3をフル稼働させていたのだが、どうもたまに臭いが鼻を突く。扇風機の角度が悪いのかなと色々調整してはみるのだが、改善されない。よく臭いの元を辿ってみると、扇風機から臭いがするのだ。唖然とした。

空気力学には全く造詣がないので、わかる人がいるのなら教えて欲しいのだが、自分が想像するに下記のような現象が起きているような気がする。

1.自分に向かってくる臭いの気流に対して、扇風機の風を当てて臭いを散らす。

2.その散った臭いが渦を巻きながら一部が上昇する。

3.その上昇した気流が僕と扇風機の上を通過する。

4.冷房の冷たい気流なので、下に下がってくる。

5.自分と扇風機を越して、下に下がった気流が扇風機の後ろの吸気部から吸い込まれ、自分の顔面にダイレクトに当たる。

これは自分の仮説であり、被害妄想も多分に含んだ推測でもある。これを立証するには空気清浄機の実験室ぐらいじゃないとわからないだろう。昔テレビで気流に色を付けて、空気清浄機の性能を実験しているのを見たことがある。

しかしこれを解決するにはどうしたら良いのか。最初に思いつくのが基地(本人)に直接風を当てることだが、うーん…

イソップ寓話に「北風と太陽」という有名な話があるが、自分のやってる事は北風なんだろう。太陽の方法とは?

「A君はいつもいい匂いがするねぇ。ホント君といるとクラクラするよ」
うーん、口説いているわけじゃないんだから…

「何使ってるの?僕も同じの使ってみようかな?」
下手したらもっとベトベトにつけてきそうだし…

いい案が浮かばない。
第三者の偉い人を巻き込むしかないかも。その偉い人から、匂いキツイという話があったよという話を、勝手に捏造するとか。

こらから湿気の多い季節。もっと臭いそうで憂鬱です…

 

言い出せなくて

匂い。

どんな匂いだろうとそれが度を越せば臭いになる。

職場の隣の席にゲスの川谷君風の子が新しく来た。自分とは別の会社の子でフワッとしたパーマにべっとり整髪料がついてる。その整髪料の匂いがつけすぎのせいか強烈に臭い。閉めきりの部屋で空調が効いているので、その気流に乗って臭いが僕の鼻の前を行ったり来たりする。空気を吸うタイミングで臭いが通過すると、それはもうダメージを受けたような気分になる。イメージとしてはドラクエの毒の息攻撃といったところか、HPが徐々に減っていく。
こんなことが1週間続くと、頭が痛くなり始め、精神的にも落ちつかなくなり、イライラするようになってきた。不快な環境というのは人を変える、恐ろしい。僕の凶暴性を抑えるために何とかしなければ。とりあえず手始めにハンドタオルの導入から始めた。臭いに襲われたら鼻をタオルで塞ぐ。最初は効果ありそうに思えた。だが、ずっと鼻をタオルで塞いでるわけにはいかないので、気を抜いた時にふとやらる。またそのうち鼻を塞いでいてもタオルを通して臭うようになってきた。
これはいかんと、僕の防衛予算的には痛かったが、PAC3を導入することにした。もちろんPAC3とは小型扇風機のこと笑 臭いの襲来に対して迎撃するのだ。これにより平和を取り戻せた。人として普通に空気を吸える環境を奪還できた。しかしまだ5月の半ばで扇風機をつけてるのは自分だけである…

人間関係も構築できているのであれば、このような事があってもやめてくれと言い易いが、今回の様にこれから人間関係を構築していかなければならないのに、やめてくれとは中々言えない。他の第三者を巻き込まないと厳しい。

しかし本人は臭いという認識はないんだろうか。ニンニクと一緒で本人は気付かず撒き散らすのと同じかな。極端な話、頭にウンコ乗っけてても慣れちゃえば大丈夫だったりして笑

臭いに限らず、自分で良かれと思うことが人に迷惑かけていることがある。特に自分で良い事してると思ってる時、イケてると思ってる時は本当にイタい。自分の曲なんて皮肉っぽい曲もあるので人によっては不快に感じる人もいるだろうな。ある首相が辞任会見で自分の事は客観的に見れるなんて言ってたけど、そんな人はいないでしょうね、自分に酔ってる人なら特に笑 人の事はわかっても自分の事は本当にわかりません。あと女の人に対してもねぇ…良かれと思っただけなんですが…ね。

 

孤独のメッセージ

自分のギターを診てもらっている楽器屋のおっさんが、最近のロックにはパワーを感じないとよく嘆いている。メッセージ性みたいなものがないと。

うーん、メッセージ性か。
自分音楽や芸術でメッセージ性を感じたことが正直ない。自分洋楽を好んで聴いてるが、勿論歌詞の内容が分からない。芸術なんてそもそも言葉がないし。
ただ耳や目から入ってくる抽象的な情報だけで、恍惚感やパワーを感じて好きになる。

逆に邦楽を耳にすると、言葉という意味情報が入ってくるため、どんなに音楽が好みであっても、歌詞の内容で冷めてしまうことが少なからずある。どうもメッセージ性を感じると音楽に重たさを感じて、素直に楽しめない。タモリさんも歌詞は意味がない方がいいと言っているみたいだし。音楽である以上、パッと聴いて体や心が反応することが大事に思う。

ロックというと昔は反骨心や反抗というイメージだが、最近はそうではないとは言え、その十分条件であるメッセージ性をどう考えるか。

ロックやってる人間はダンスミュージックやクラブミュージックやってる人間に比べると少なからず何かに不満や挫折を抱えてる人間が多い。忘れてパーッとやろうぜというよりは、グジグジと不満たれてる。要は暗い笑。ゴールデンボンバーでさえ、歌っている内容は暗いし。そういう人は正論つまり気に入らないことに物を申したい。なので意外と正義感の強いいい人が多い笑

と言う自分もメッセージ性はどうしても入れてしまいがち。色々と小さいことで不満がありますもので笑 流石にストレートな表現はしないけど。

聴く側からすると、ミュージシャンが書く歌詞はそのミュージシャンの性格、思想、好みなど人となりを知る情報のひとつである。その情報によって共感する事もある。また歌詞による情報はフワッしてるが故に、聴き手が勝手に解釈したり、今流行りの忖度したりする。自分がファンとして支えなければという気持ちになる。恋愛に似てますね。人を好きになるとはこういう事笑 ミュージシャンにとってはファン獲得の一つの要素であることは間違いないです。

それでも聴く側に立った時の自分としてはやっぱりメッセージ性要らないなぁ、書いてる事とやってることが矛盾してるけど。話はしたいけど聞きたくないってやつかな?、スイマセン…

他にメッセージ性があるもので思いつくところで言えば説教も嫌ですねぇ。メッセージ性があるが故に重たい。メッセージ性のないポップな説教ってないのかね。それはイジリか笑

やっぱりメッセージ性は気付かないぐらいのほうが気が利いてる。それをみんなが聴いたり歌ったりする。それを見て裏でこっそりニヤッとする。やっぱり自分暗いわ…

 

枕なしで電気羊の夢を見れるか

これまでどれだけの枕を買って試してきたことだろう。低反発枕、高反発枕、医者考案枕、高級ホテルのような枕…
未だに運命的な出会いはない。
買った時は待ち人が来たように感じた枕でも、一週間後には相性の不一致でお別れしたものもある。
こういう人は結構いるという話よく聞く。

なかなかこういううまくいかない負のループに入ってしまうと、視野も狭くなりお金をかけなければいいものに出会えないと考えがちになる。逆の発想を考える余裕もない。人は物事が上手くいかないと自ら選択肢を狭めていくものだなぁ。

逆の発想、そう枕無しで寝るということ。常識に囚われていると、どうしても枕は寝るときにはなくてはならないものと考えてしまうけど、枕無しならどうなるか。足すんじゃなくて、引くという発想。
こんな簡単なことを今まで試したことがなかった。

きっかけは今通っている病院の若い綺麗な女医からの勧めがあったから。人が何か変わろうとするきっかけは大体こんなもんである笑

確かに枕があると、頭の置き方次第で首の形状が変わってくる。前に屈曲するか、後ろか。女医が言うにはこの屈曲の状態でいることが、血管や神経を圧迫し、肩こりや首痛の原因となるとのこと。
今回は若い綺麗な女医さんにすごく素直に従った笑

実際枕がないと、首が屈曲することがない。首の力がいい感じに抜けている。ただし違和感ありまくり。だって生まれてこの方ずっと枕を使って寝てたのだから。
試して1週間経つが、体の不調はないので悪くないかもというのが実感である。

しかし問題もある。寝返りが基本出来ないということ。また横向きになると、首が横に曲がってえらいことになる。しかしこれはうつ伏せ気味目になれば大丈夫だと、枕を使わないという知り合いの女の子から聞いた。皆んな色々工夫してます。

年々柔軟性がなくなり硬くなっていく。歪めた状態でいるとそれを一生背負っていくことになる。
なるべく歪めずまっすぐでいたいものです。体だけでなく心も。いい夢見られますように。

 

フィクサーのつぶやき

みなさんは陰謀説お好きですか?
テレビならやりすぎコージー都市伝説、ラジオならインターエフエムのデイブフロムショーとか(名古屋では聴けなくなっちゃったけど…何かの隠謀?笑)。
嘘くさいと思いつつ、話し手のうまさもあって、単純な僕はいつも引き込まれてしまう。なんか刑事コロンボや、古畑任三郎のストーリーと同じで、先にフィクサーの存在を明かして、そのフィクサーがどのように関わっているか根拠を述べていくスタイル。面白く感じる要素満載なんです。

なんで今回こんな話してるかというと、この前温泉浸かってたら、見知らぬおじいさんが、話し相手とこの頃の不穏な世界情勢の話をしているのを見かけて。その時フィクサーという言葉が出てきたんです。どうもフィクサーベースで話をしていて、相手に「こんなこと知らないでしょ?、テレビでも絶対報道されないから」なんて具合で。話し相手の人はそのうち困惑してその場を去って行きます。するとそのおじいさんは僕の方に近づいてきて話の続きをし始めたんです。そうこのおじいさんは近くの人に自分の持論を一方的に話してただけなんです。突然とばっちりを食った僕は、黙って頷くしかできず、おじいさんが去るのを待ちました…

陰謀説は聞いてて面白い部分はあるけど、反面一方的に押し付けられると、これほど困る話題もないですね。一方的な話自体がそもそもですが。

陰謀説が好きな人は空想とかドラマとか架空のお話しが好きなのかな?決して現実主義者の人が陰謀論を支持してるとは思えないので。本や映画のように娯楽の要素で楽しむ程度ならいいけど、この世の中のわからないことに対して、何か巨大な力を持つもののせいにして、妄信的に納得してしまうのはちょっと行きすぎかなぁと。神についても似たようなことあるし。

謎解きは確かに楽しいけど、答えを決めつけて方程式を解くのは、今の世の中の風潮見てても被害妄想を助長するようで、気を付けたいなぁ。今も昔もフィクサーみたいに所在が明らかでないものだけでなく、姿がハッキリしているものに対しての偏見も多いし。多分自分の中の正しさから答えを決めつけてしまうんだろう。しかし正しさにも多様性がある故、衝突する事も出てくる。正しさを押しつける世の中にはならないことを願います。

 

オールドマン

いきつけの喫茶店でブログの手直ししてる時、隣の席に男の老人三人が座った。どうも全員70歳オーバーで、一人は会話から80歳を超えてるようだ。その1番のお年寄りの両耳には補聴器がセットされている。勘のいい人ならもうお分りだろうが、補聴器つけてる人は喋り声が大きいのである。ブログ作業に集中できない状況となってしまった。こんなことで集中力がなくなるなんて、まだまだ修行が足りない。
耳が聞こえにくい以上声が大きいのはしょうがないことなので、その人たちの会話を聞くことにした。諸先輩達が何を喋っているのか。

補聴器:
「遊びに行くことは大事だよ。
この前〜行ってきた。」

相手:
「俺最近外出してない。」

補聴器:
「一人でいてはいけないよ。
今度老人ホーム見学しに行く?
女の人がいるぞ、若くはないけど笑
おしゃれでいることも大事だよ。
会話もできるし、ヨガとか体操できるし。」

会話の内容から、補聴器おじいさんが一番エンジョイしてる感じ。大きな声で、老人ホームの勧誘してるし、旅行の自慢話してる。体の不自由さなんて全く気にしてない。

元気のある人はどんな状況に置かれても、どんな場所だろうと、楽しむんだろうな。
それに比べて元気のない人、ネガティヴな人はどんなに環境が恵まれててもどこか孤独な生活になるんだろう。人が離れていく、運も同じく。

今の自分がどうか。あの補聴器のおじいさんみたいに元気でエンジョイしてるかというと、そうでもないな。なんかケチつけたりして…もっと素直でいたら楽しめることもあるんだろうに。

これはダメ、あれはダメなんて言わず、今ある環境の中で楽しめる能力をつけることは、今後年を取って生きていく上で、大切なことのように思う。誰かが言ってた「料理を作るときは、他人の冷蔵庫でなく自分の冷蔵庫にある食材で作る」という言葉を思い出した。無い物ねだりはダメだと。

ニールヤングのようにそんな曲を書いてみるか?

ノイズが僕を苦しめる

ホントに羨ましいなと思うのが、どこでもすぐに寝れる人。1分も経たない内に寝れる人。女の子ならドライブデートでもすぐ寝ちゃう子の方が楽。Hの後とかも笑
相手が起きてなくちゃ許さない人の方が多数派なのかな?

すぐ寝れる人が羨ましいと思う反面、迷惑な人が多いのも事実。いびきである。すぐ寝れる人ほどいびきをかく人が多い気がする、被害者目線だけど笑。あのノイズが気になって眠れない。ノイズも十人十色と言うよりは、レベルと表現した方がいいのか。レベルマックスの人と遭遇した時には、どんな状況でも寝れると豪語してる人でも寝ることができないみたい笑

自分の経験上、レベルマックス認定の人は二人。
一人は山小屋で遭遇し、人3人分ぐらいの距離(山小屋は基本隣の人とくっついて寝るぐらい狭い)があったが、そのマックスの人の隣で寝てた人はかわいそうに、枕を足の方に移動させて、反対になって寝てた。

もう一人はインド旅行での寝台車での遭遇。インドの電車は日本のそれより、騒音が大きいのだが、マックスノイズはそんなものはものともしない。まだそこに居合わせた人達が、夕食後の歓談をしてるような時間帯であるのに、轟音である。途中ゲロを吐き出したりしても、寝続けている。もうみんな笑うしかなかった。

いずれの場合も、耳栓を所持してたので、使用したのだが、3割減ぐらいかな笑
それでも疲れてた分、寝ることはできたが。

結局いびきは先にかいたもの勝ちである。この世は早い者勝ち。自分にとっては勝てない勝負である。なかなかすぐ寝れないので、他人の近くで寝る機会がある時は、ノイズに備え耳栓持ってくようにしているが、いびきがこの世からなくなることを密かに願ってます笑