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作詞のネタ帳

日常や社会の出来事に対して自分の心に引っかかったことを元に作詞していますが、この心の動きを公開し、また作詞のアイデアとして使う目的で始めました。書いてる歌詞の意味がバレルかも(笑)

オールドマン

いきつけの喫茶店でブログの手直ししてる時、隣の席に男の老人三人が座った。どうも全員70歳オーバーで、一人は会話から80歳を超えてるようだ。その1番のお年寄りの両耳には補聴器がセットされている。勘のいい人ならもうお分りだろうが、補聴器つけてる人は喋り声が大きいのである。ブログ作業に集中できない状況となってしまった。こんなことで集中力がなくなるなんて、まだまだ修行が足りない。
耳が聞こえにくい以上声が大きいのはしょうがないことなので、その人たちの会話を聞くことにした。諸先輩達が何を喋っているのか。

補聴器:
「遊びに行くことは大事だよ。
この前〜行ってきた。」

相手:
「俺最近外出してない。」

補聴器:
「一人でいてはいけないよ。
今度老人ホーム見学しに行く?
女の人がいるぞ、若くはないけど笑
おしゃれでいることも大事だよ。
会話もできるし、ヨガとか体操できるし。」

会話の内容から、補聴器おじいさんが一番エンジョイしてる感じ。大きな声で、老人ホームの勧誘してるし、旅行の自慢話してる。体の不自由さなんて全く気にしてない。

元気のある人はどんな状況に置かれても、どんな場所だろうと、楽しむんだろうな。
それに比べて元気のない人、ネガティヴな人はどんなに環境が恵まれててもどこか孤独な生活になるんだろう。人が離れていく、運も同じく。

今の自分がどうか。あの補聴器のおじいさんみたいに元気でエンジョイしてるかというと、そうでもないな。なんかケチつけたりして…もっと素直でいたら楽しめることもあるんだろうに。

これはダメ、あれはダメなんて言わず、今ある環境の中で楽しめる能力をつけることは、今後年を取って生きていく上で、大切なことのように思う。誰かが言ってた「料理を作るときは、他人の冷蔵庫でなく自分の冷蔵庫にある食材で作る」という言葉を思い出した。無い物ねだりはダメだと。

ニールヤングのようにそんな曲を書いてみるか?

ノイズが僕を苦しめる

ホントに羨ましいなと思うのが、どこでもすぐに寝れる人。1分も経たない内に寝れる人。女の子ならドライブデートでもすぐ寝ちゃう子の方が楽。Hの後とかも笑
相手が起きてなくちゃ許さない人の方が多数派なのかな?

すぐ寝れる人が羨ましいと思う反面、迷惑な人が多いのも事実。いびきである。すぐ寝れる人ほどいびきをかく人が多い気がする、被害者目線だけど笑。あのノイズが気になって眠れない。ノイズも十人十色と言うよりは、レベルと表現した方がいいのか。レベルマックスの人と遭遇した時には、どんな状況でも寝れると豪語してる人でも寝ることができないみたい笑

自分の経験上、レベルマックス認定の人は二人。
一人は山小屋で遭遇し、人3人分ぐらいの距離(山小屋は基本隣の人とくっついて寝るぐらい狭い)があったが、そのマックスの人の隣で寝てた人はかわいそうに、枕を足の方に移動させて、反対になって寝てた。

もう一人はインド旅行での寝台車での遭遇。インドの電車は日本のそれより、騒音が大きいのだが、マックスノイズはそんなものはものともしない。まだそこに居合わせた人達が、夕食後の歓談をしてるような時間帯であるのに、轟音である。途中ゲロを吐き出したりしても、寝続けている。もうみんな笑うしかなかった。

いずれの場合も、耳栓を所持してたので、使用したのだが、3割減ぐらいかな笑
それでも疲れてた分、寝ることはできたが。

結局いびきは先にかいたもの勝ちである。この世は早い者勝ち。自分にとっては勝てない勝負である。なかなかすぐ寝れないので、他人の近くで寝る機会がある時は、ノイズに備え耳栓持ってくようにしているが、いびきがこの世からなくなることを密かに願ってます笑

 

女性の歌詞に揉まれて

最近「すっとこどっこい」という女性バンドがラジオ出演しているのをたまたま聞いた。
パンクサウンドで「あの娘のおっぱい揉まないで♪」と耳を突く。
ものすごくインパクトがあった。音大卒で鋭い歌詞を歌うバンドらしい。ダメな自分についての歌詞や下の話も割とあり、聴いてるこっちがドギマギというか、苦笑いというか。
ただ嫌な感じもしない。ものすごく正直に心情を吐露している歌詞なので、聞く側の共感もあるんだろう。尾崎のようで別物笑

女性の歌詞は心の奥に響いてくるものが多い(先の「揉まないで〜」は一先ず置いておいて笑)。男の歌詞でも心情に訴えかけるものも多いけど、殆どが羨望だったりただ女々しいだけである。女性のはそれとは少し違う、強さとか許容とか包容力みたいなものを感じる。そう思うと女々しいという言葉もなんか変な感じがするな笑
男はいつまで経ってもマザコンなのか、どっか何かに頼る感じ。内向的で色んなものに依存してるのも、男の方が多い気がする。酒、タバコ、女然り。

自分そんなにJPOP聴かないけど、耳にするだけでも、歌詞のいい女性アーティストはいるなと感じる。
宇多田ヒカル、ドリカム、aiko中島みゆきユーミンCocco
ドキッとさせられるのはいつも女性の歌詞。

ホント女性は根っこが強い人が多い。知らない土地に一人出されても、対応能力が高い。グローバルにも強い。どこでも誰とでも仲良くなれるし、言葉わからなくても、日本語ででもコミュニケーションとってる笑

だから男はそういう部分含めて女性に惹かれるんだろう。すげーって。
しかし、女性から男性の歌詞を見るとまた違う視点があるのかな?母性本能くすぐるのかな?

ズレ

タレントの武井壮さんが、スランプの原因は頭と体のズレと言う。頭ではこうしているつもりが、実際体はそれとはズレていると。
歌を歌っていて、後から録ったものを聴き返すと、音程やリズムがズレている。それはただの音痴か笑 でも先の話と同じに思う。自分が思っている音感やリズムとズレている。だから自分の中でチューニングを行う練習を行う必要がある。

同じズレでも自分の作る音楽の世間とのズレ。特に評価されてる訳でないし、今の流行に合ってるとも思わない。でもそのズレこそが自分たる所以と信じて、ポジティブに創作活動してる。自分の好きな事をやりたい、そこを優先したい。

今耳や目に入ってくる流行りのものは、みんなが好むものとのズレを感じるようなものは少なく思う。
昔の名作…音楽、映画、文学、漫画、ファッションにしろ、心地の悪い、違和感を覚えなくないものが少なからずある。高尚、難解、奇才、と呼ばれるものが最近は注目され辛くなってるように感じる。
最初に見たり、接したりして全く意味や良さがわからない、面白いとも思わない作品、でも心に残る違和感。なんだったんだろう???ってやつ。
この気持ちからそのジャンルへの探究心が生まれると個人的には思う。
映画ならキューブリックゴダールタルコフスキー、デビッドリンチ、ホドロフスキー
音楽ならデビッドボーイ、ジミヘン、トーキングヘッズ、スライ アンド ザ ファミリーストーン、レッチリ

これらは最初全くわっかんねー状態に陥った人達だが、今では大ファンだし、自分の人格形成に良くも悪くも影響している人達。

ただ今でも新しく生まれてきているはずなのに、接する機会があまりない。これはと思ってもどっかソフトなんだよね。
だからそう言う作品に接したいと思う時には、過去の作品を探すことになる。

芸術はその人の持っているズレ、世間との違和感を表現するもの、人が考えもつかないことを表現すること。それが芸術を愛している人間の欲している刺激である。

ビートルズみたいに、売れ線と芸術性の両方を表現できているものもあるけど、それは難しいし、資本主義どっぷりの今のご時世、売れないと評価されないんだろう。

売り上げ気にせず、大衆迎合せず、そのクリエーターの信念が爆発している作品がもう少し評価されやすい余裕が社会にでてくるといいね。
創造性については世間とのチューニングは必要ないと思いたい。それが許される時代になっていく希望はあるような気はする。

時代を感じさせる言葉

「電話のベル」と言う言葉を自分の曲で使ってる。言葉のリズムが音楽のリズムにぴったりだから。でもなんか死語の雰囲気がプンプンする笑
今の時代、電話といえば携帯なわけだし、着信音鳴らしている人の方が少数派だし、年齢層が高い。しかしこれを変えようと考えてもいい言葉が見つかってない。

歌詞を考える上で、流行りものの言葉を使うか使わないかは、悩ましい問題。

流行歌という側面で考えれば、ターゲットの世代に1番響く言葉が重要だろうからアリだと思う。時代が流れてもその時聞いていた人達は懐かしさと共にその曲を楽しめるだろうし。

普遍的な曲、時代を超える曲という側面で考えると、とてもいい歌詞だったとしても、時代を感じさせる言葉が一つでもあると、古臭さが全体をダメにしてしまう。結構な破壊力がある。

時代を感じさせる言葉
パリピ
ヤバい
街コン
ヒルズ族
ヤマンバ
ゆとり世代

もっと昔だと
ドロンする
耳がダンボ
パープリン
かぎっ子
ミーハー
プータロー
デジカメ
ファミコン
ポケベル
カローラ2


アップデートがあるものは生き残る。アップデートされなくなったら死語となる。
スマホ
ググる
プリウス
コスプレ
ガラパゴス
フリーター
引きこもり

あえて今の時点で時代を感じさせる言葉を使うテクもあると思う。新しい言葉として使う。まぁ結局はセンス笑

ことば遊びで時代を乗り越える。これが目標。

 

違和感

今野球好きの人間にとって、ビッグイベントで盛り上がってます。そうWBC
各球団の主力が一堂に集まり、日の丸を背負い戦ってる。
個人的にはもう少しリラックスしてプレーして欲しいと願うのだが、それと共にどうしても気になることがある。ヤクルトの山田の髪型にどうしても違和感を覚える。
野球の素人が見てもホントにいい打ち方してるなと思う天才なのだか、ヘルメットを脱いだときのあの髪型が気になってしょうがない。昔のコントでの子供のズラのような髪型。
なんであの年俸貰ってて、あの髪型なのか。いや、あの年俸だからこそできる髪型なのか。

天才の違和感。

イチローのTシャツ、ジーンズの裾の折り目
筒香スペイン語

ビートたけしの首回し
タモリのサングラス
松っちゃんのマッチョ体型

ジョンレノンの丸メガネ
ジミヘンのストラト
マークボランのキラキラ感
デビッドボーイの変化
岡村ちゃんダンス
永ちゃんのタオル、自動運転
マッキーの福耳とピアス

ゲスさんの髪型
エルトンジョンの髪型(これは違うか笑)

一般人じゃかっこ悪く見える事を威風堂々とする。孤高である。

だから常人は決して天才のマネをしてはいけない。最悪人生が壊れる。そんな人結構います。

ただ最近天才の破天荒さにケチをつける人が多くなってきてるので、それによって才能が潰されてる気もするなぁ。

人との違いをコンプレックスとせず、個性として開花させ、人に何かわからない違和感を与えて、気になる存在として君臨する。それが天才。

ちなみに自分の場合、自分の中で感じる違和感を歌詞にする事が基本です。そんなのは基本のことかな…

 

喫茶店

カフェ派か純喫茶派か。
そりゃ純喫茶派です。

四人が座れる席に一人で占有して、作詞やブログのアイデアを考える。なんという貴重な時間。
そう純喫茶に時間と空間を買いに来ている感じです。なのでコーヒーもカフェほど拘りなくてもいいです。くつろげる空間が貴重なんです。

しかしこのご時世、高齢化問題の波が純喫茶にも襲って来てるように感じる。
純喫茶を支えてる層が高齢者であるため、今から10年後この人達が来れなくなったら、この喫茶店はどうなるんだろうかと心配になります。

カフェが個人的に落ち着かない理由は、
席が狭い
音楽が大きい
お上りさんやナルな人
綺麗な子が多い
まぁ純喫茶と比較しちゃうとですが。

もちろん個人で経営されてるカフェで、すごく良いお店もあります。すごくコーヒーに拘ってて、知識も豊富なので話ししててとても勉強になります。

でも拘りのものはお気楽さがないので、どこかくつろげない。

最近いろんなジャンルで、拘った店が増えて、拘ってない店が駆逐されていってます。
パン屋、ラーメン屋、美容室、本屋、酒蔵…

拘ったものは生活に刺激を与えるけど、人は更に次の刺激を求めるので飽きられる。なので更に努力して新しいものを作り出す。人もそれを期待する。それができなくなると、他の店に駆逐される。意識高くないとやっていけない。必死感がある。

そういうのから全く対極にある純喫茶のような、何の変化もなくいつも変わらないサービスを提供してくれる店。これはこれで必要な存在。使う側も期待感はなく、お気楽に利用できる。

日本のサービス業は外国に比べて効率が悪いみたいな記事を読んだことがある。そりゃそうだろう、サービスレベルが全く違うから。
日本人は人の要求に対して真面目すぎるのかな。

オカンが作ってくれるごはんのような落ち着く店。そういう店がもっと増えていかないかな。